不登校のその後
学校の外から、その先の人生を考える。
不登校になったら

お受験はさせるべきだったか

最終更新 体験・私見

大学まで私立に縁がなかった私には、お受験組の人生が眩しく見える時期がありました。していれば違ったのか。今は、していても活かせなかったと思っています。後悔はありません。

本記事は筆者の体験と見解です。進路の判断は、本人の状態や学校・支援機関の最新情報と合わせてご検討ください。

このページの要点

  • お受験組のエリート街道は本物で、世帯年収が高いほどお受験熱も成功率も高いように見える
  • ただし、有名私立中学に受かっても、学校に行けなくなれば意味は消える。乗り続けるには本人の精神的な強さと自己肯定感が要る
  • お受験組には相応のストレスとプレッシャーがある。自分の力で這い上がった今のほうが、無難に生きた自分より良い人生になったと思っている

私立に縁のなかった私と、お受験組の義弟たち

私は大学まで、私立の学校に縁がありませんでした。中学は公立、高校は途中で辞め、高認から大学へ。いわゆる「お受験」とは無縁の道です。大学に入って初めて、私立高校出身の同級生と机を並べましたが、彼らは割とおおらかで、育ちの余裕のようなものを感じたのを覚えています。

私には妹が二人います。二人ともMARCHの出身です。そして妹たちの夫は、どちらもいわゆるエリートです。国内の大手企業に新卒で入り、今はそれぞれシンガポールとロンドンに駐在しています。二人ともお受験組で、小さいころから私立の一貫校に通い、大学を出て大企業に内定し、そのままエリート街道をひた走ってきた人たちです。

正月に顔を合わせると、その差を意識せずにはいられませんでした。私は失敗だらけの人生でした。不登校、中退、就活での全滅、人間関係で辞めた大企業。お受験をしていれば、自分もああなれていたのだろうか。そう思ったことは、一度や二度ではありません。

有名私立中学に受かって、辞めた少年

一方で、私は不登校の時代に、ある少年と知り合いました。彼は小学校の間ずっと塾に通い、有名な私立中学に合格していました。お受験に成功した側の人間です。

けれど、いろいろな理由が重なって、彼は学校に行けなくなり、退学しました。進学校に入った意味は、そこで消えました。彼が積み上げた小学校6年間の塾通いと、親が払った費用と、合格したという事実は、学校に通い続けられなくなった時点で、進路としてはほとんど何も残さなかった。

この少年を見て知ったのは、お受験は「エリートコースに乗る」ことではなく、「乗る資格を得る」ことでしかない、ということです。乗り続けられるかどうかは別の話で、そこには本人のもともとの精神的な強さや、自己肯定感がかかわってきます。それがなければ、乗ったあとで挫折する。合格はゴールではなく、むしろプレッシャーの始まりでした。

お受験熱と、世帯年収

大手企業や外資系に勤めていると、同僚や上司が我が子にお受験をさせたがっている話をよく耳にします。塾の選び方、志望校、通学の送り迎え。真剣です。

私の観察では、お受験熱は世帯年収に比例して高く、そして実際に成功しやすい傾向があると感じます。お金があれば塾も家庭教師も揃えられるし、親自身がその道を通ってきているので、何をすればいいか分かっている。再現性のある投資として、彼らはお受験をしています。義弟たちの家も、おそらくそうだったのでしょう。

それを否定するつもりはありません。うまくいく確率が高いなら、選べる人が選ぶのは当然です。ただ、「選べなかった側」の人生が、それで劣ったものになるかというと、そうではなかった、というのがこの記事で書きたいことです。

していても、活かせなかったと思う

お受験組にも、相応のストレスとプレッシャーがあります。落ちてはいけない受験、期待に応え続けなければならない学校生活、同じレールの上での比較。義弟たちは、それに耐えられた人たちです。あの少年は、耐えられなかった。

では、自分はどちらだったか。正直に言えば、耐えられなかった側だと思います。私は学校という集団の型に合わなかったから不登校になったのであって、私立に入っていれば合ったという話ではない。だからもし自分がお受験をしていても、その環境をうまく活かせなかった気がします。有名校に入って、行けなくなって、あの少年と同じ道を歩いていた可能性のほうが高い。

そう考えると、むしろ今のほうが良かったと思えるのです。一度外れて、自分の力で這い上がって、高認を取り、大学に入り、働き、辞め、また働いた。無為に、無難に、レールの上を生きた自分より、この人生のほうが、自分で良くできた実感があります。妹たちの夫のようにはなれなかったし、なる必要もなかった。

後悔はありません。

これから子どもの進路を考える人へ

不登校を経験した子の親は、「もっと早く手を打っていれば」「私立に入れていれば」と考えることがあります。でも、有名校に入れることと、その子が学校に通い続けられることは、別の問題です。合格が守ってくれるものは、思っているより少ない。

お受験をするにしても、しないにしても、その子が自分の足で立てるようになるかどうかは、学校の名前ではなく、その子が持っている強さと、外れたときに戻ってこられる道があるかどうかで決まります。私はその道を、後から自分で作りました。作れることは、この記事を書いている私が証明しています。

不登校の親が自分を責めなくていい理由』、外れたあとに立ち直る場所として大学が合いやすい話は『再登校よりも、入学で世界を変えよう』に書きました。